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大連人が日本北九州市を知るようになったのは北大橋が建てられた頃からである。大連の南部に位置し、その壮大でモダンなデザインの北大橋は、1984年5月1日に建設工事が始まってから今までずっと大連の観光名所であり、いつしか「恋人橋」と呼ばれるようになり、多くの人が訪れている。北大橋は大連市と北九州市の友好提携を記念して建てられ、海を望める山の谷間に架けられた吊り橋である。北九州市は大連市と初めての友好提携を結んだ都市で、その交流は古くから続いているが、友好提携後25年間は特に多くの交流が行われている。そんな北九州の「北九州貿易協会駐大連北九州市経済事務所」所長新田龍二氏にインタビューを行った。
記者:北九州市は大連市と友好関係を結んだ初めての都市ですが、当時はどのような感じでしたか?
新田氏:北九州と大連はどちらも港湾都市で地理的にとても似ていて、1920年には既に客船の定期便が存在し、1979年には自然と姉妹都市となりました。 2つの都市の友好提携を記念して建てられた物が2つあります。1つは北大橋でもう1つは北九州市門司区にある建物です。もともと北九州市門司区東港町1号に建てられたその建物は1994年に建築が始まり建築面積は812平方メートルありました。大連市と北九州市の友好都市締結15周年を記念して、大連市政府の同意の下、日本設計の九州支店が復元設計し、大連市にもその建物が建てられました。
記者:北九州市は長い間大連市と深い友好関係を保っていますがその関係は主にどこに現れているのでしょうか?
新田氏:北九州市と大連市の交流は頻繁、親密と表せるでしょう。現在北九州市の企業12社が大連に出資していて、中でもTOTO等が有名です。ここ数年大連市の外資企業のコストが上がってはいますが、経済発展に伴う正常な現状だと思います。北九州市は積極的に経済面での展開も進めています。特に大連市の環境保護の面では大きな助けとなっています。北九州市は重工業都市で、主な産業には、発展した鋼鉄業のほか、機械化学工業、食品加工、陶磁器等が挙げられます。各産業の発展と同時に北九州市は都市建設及び環境関係において著しい成果を残し、国連に表彰を受けた都市です。そして1993年には大連市に対し‘大連環境保護模範区計画’を打ち出し、北九州市の大気汚染、水質汚染に対する経験を生かし、特に技術方面で支持をしてゆきます。この計画は2010年まで実行され、その頃には大連市は今よりも更に美しくきれいになっていることでしょう。
記者:‘駐大連北九州市経済事務所’はいつ設立されたのですか?
新田氏:‘駐大連北九州市経済事務所’は、北九州市と大連市の交流が盛んになり、各方面への連絡の必要性から1991年7月に設立されました。事実、北九州市と大連市の交流はとても盛んで、北九州市と大連市は‘交流が最も多く、成果も最も多い、高い好感を持てる’2都市です。来年(2009年)には北九州市と大連市の友好提携も30周年を迎えます。その記念に大連市にて‘北九州ウィーク’を開催する計画があります。更に多くの大連人に北九州を知ってもらい、お互いに理解を進めこれから先、もっと親密な交流を築ける様にできれば、と思います。
記者:大連市をどのように評価しますか?
新田氏:大連市の綺麗さは疑いようがありません。大連人は日本人の友好的態度に優しさと温かみを感じています。私は大連が好きです。大連のきれいさはもちろん、料理も好きです、中でも特に餃子はとてもおいしいと思います。
資料:北九州市は福岡県にある市の1つで日本の九州島最北端に位置する。1963年に門司市・小倉市・戸畑市・八幡市・若松市の5市による合併により誕生し6大都市(東京区部、大阪市、名古屋市、京都市、神戸市、横浜市)以外では初の政令指定都市となった。北九州市を中心とする北九州都市圏及び北九州工業地帯の2大経済区は九州地方最大規模である。
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