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大連マブチモーター:中国初の日本外資企業
2008-12-16 09:39:32

30年前、中国にとって日本は未開の土地であり、活気みなぎる中国は多くの期待を抱き将来的に事業の共同運営を行う為力を注いでいた。マブチモーター大連有限会社はこのようにして大連へ進出、大連だけでなく中国全土で初めての外資企業となった。それからずっと現在までマブチモーターは大連経済開発区に位置し、規模8000人にまで拡大、現在の総経理は今年35歳になる古今敬之氏でマブチモーターの第5代目総経理である。古今敬之総経理は日本東京大学出身で大連に来て1年しか経たないが、古今氏はすでに中国語を理解できるので、同僚は彼に対する批評を目の前でいうことができないそうだ。

記者:初の大連日本外資企業(1987年10月)であるマブチモーターは大連の外国向けの事業に大きな影響をもたらしたと思います。その当時はどのような環境でしたか?

古今氏:マブチモーターが大連に進出した1987年当時、大連開発区はできたばかりであたりを見回してもただ広い土地があるだけでした。ですが、大連市から提示された発展計画はとても将来性があり、十分な電力、良好な港湾運輸、強い工業基礎等が揃っていて、当時台湾等に工場を設けていたマブチモーターが中国大陸に着手するのは当然と言えたでしょう。大連市を選択したのは外在の条件だけでなく、大連市政府の積極性がありました。当時マブチモーター本社の条件は独資企業でした。その当時中国には存在しなかった独資企業ですが、大連市政府の協力の下、大連マブチモーターは中国で初めての独資企業となりました。ここには大連市の多大な努力があったと思います。大連マブチモーターの登録番号は‘0020号’(19号以前はすべて合資企業)で、中国国家工商行政管理局認定の営業許可番号は‘独資060001号’でこの番号はこれから先もマブチモーターの自慢です。

記者:マブチモーターは20年にわたり、大連で発展してきましたが、この発展の過程、マブチモーターの発展の過程はどのようなものでしたか?現在の生産規模やこれから先の発展状況はどうでしょうか?

古今氏:大連マブチモーターは日本MABUCHIMOTOR株式会社の100%投資により設立しました。大連マブチモーターが設立された当初、大連に関係を持つ企業がなく、磁石、小軸等部品系の生産を進め、設備を整え大連マブチモーターは初期工程にて加工を進めることができる総合性工場となりました。大連マブチモーターは1988年3月に第一期製品の出荷をして以来2000年12月までで大連マブチモーターの生産量は3億を超えました。現在、大連マブチモーターの生産量はマブチモーターグループ全体生産量の20%を占めています。現在生産を行っている主な製品は家電製品、自動車設備、音響機械等に使われ、欧州、香港、日本、中国国内にて扱われ、マブチモーターグループの生産している製品は世界市場の60%~80%を占めています。

記者:現在、中国の経済も日本が対面してきた原材料高、給料高、為替レート高と対面しています。日本は数10年に渡りコスト高危機を受け、史上最大と言っていいほどのインフレ状態が続く中、日本企業はその危機を乗り越え、他に例を見ない国際的な勢いを持ちました。世界一流の企業としてマブチモーターの特有な部分はなんでしょうか?マブチモーターはどのようにして競争力を養ったのですか?たとえば、生産方面、製品開発方面等において。もしくは、企業経営者の一人として中国企業や大連企業にどのような言葉をかけますか?

古今氏:マブチモーター初期の製品は幅広く、改良・改善を進め、研究開発を重ね、そして自動車小型モーターの技術も高め、次第に世界市場に勢力を広め現在の規模に至りました。研究開発の同時、マブチモーターは大連マブチモーターのように国外工場を開拓しました。早い時期でのコストの大幅削減は大胆かつ賢い選択であったと思います。同様に、1994年には瓦房店に分岐工場を建てました。大連マブチモーターには現在8千人の従業員がいます。以前一万人を超えていた時がありますが、厳密な計画、科学的管理等により、現在はその時よりも多くの成果を残しています。大連マブチモーターの開設当初、20名以上の管理クラスの人材が日本から派遣されていましたが、現在では4名だけとなり、作業のほとんどは現地人で行われコスト削減と効率アップに大きなプラスとなりました。

記者:大連で初めての日系企業となってから、現在すでに大規模の企業となった大連マブチモーターにはどのような企業文化があるのでしょうか?企業の経済効果以外にどのような社会効果がるべきだとおもわれますか?そしてどのようにして実現してゆくのですか?

古今氏:大連マブチモーターが大連で発展を遂げてきた21年の間、数々のことがありました。長年の経験の積み重ねと切磋琢磨により1988年10月には大連マブチ労働組合を設立し、大連開発区で初めての企業労働組合となりました。そして、労働組合、従業員、企業代表からなる労働競技委員会を設け、毎年定期的に労資協議会議を開き、給料、ボーナス等従業員の福利厚生等の討論を進めています。大連マブチモーターは創立してから2007年までで中国に8億9千万人民元を納税しました。そして、マブチ希望学校4校の他、小中学生、高校生、大学生、障害者学生等4種の学習援助制度を設け、毎年168名の学生に援助をしています。2007年には中国外資企業協会による‘全国50社社会責任貢献履行突出賞’を獲得しました。大連マブチモーターの従業員からすると大連マブチモーターはただの仕事場ではなく、一つの発展の機会、一つの‘家’であり、毎年大連マブチ労働組合は従業員のため数10件の活動を開き、コンピューター学習班、日本語学習班も用意しています。本社から大連に来る社員も好きに活動に参加でき、堅実な企業文化を持つ大連マブチモーターの歩んできた21年で、企業と従業員の摩擦は結束力につながり、大連マブチモーターは独特の管理体制を形成しました。

記者:20年余りの間大連にて生き続けてきた外資企業、マブチモーターの大連市への理解と評価はどのようなものですか?古今氏は総経理個人としてどのように大連を評価しますか?

古今氏:大連市政府の長年にわたる多大な支持を無くしては今の大連マブチモーターはなかったと言えます。大連市の経済発展に伴い大連市にも変化が起こり、そんな変化の中には企業経営がさらに良くする部分もありますが、電力供給等の変化は企業に対する制限でもあります。私が一年あまり大連にきて思ったことは、大連のとても綺麗な街並みと、おいしい食べ物です。特に海鮮は素晴らしく、ホテルにてその海鮮を見ながら注文できるとはとても良い感覚です。

写真=大連マブチモーターの第5代目総経理古今敬之氏

责编: 李艳君     来源:

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